
創価学会が日蓮正宗から破門されて以来、30年の時が経過した。
上記の画像にも書かれているように、池田は10年以上の長きにわたって会員の前に姿を見せておらず、その生存が怪しまれている。
そうであるにもかかわらず、「お元気な池田先生」などという馬鹿げた言葉を信じる会員は狂気に魅入られているとしか思えない(能天気な会員がたくさんいるのは相変わらずだが)。
本記事では現在の学会の姿について述べていこうと思う。
目次
★弱体化した組織
今の学会は青年部員が激減し、未来部員もいないという有様で、高齢会員の寄り合い所と化してしまっている。
選挙活動を優先し、未来部育成をほったらかしにしてきたのが現在の学会に成り果てた原因である。
★罵倒の数々
聖教新聞紙上で日蓮正宗関係者を口汚く罵り、脱会した人を反逆者呼ばわりする異常体質は誰が見ても怖気が走るものであろう。
これを「学会は正義だから許される」という会員は悩乱そのものだ。
ここまで異常だと人間の姿をした悪魔としか思えない。
信心をしていて、この程度の人間性では折伏されても入会する気にはならないだろう。

★幸福に見えない会員たち
学会員は「信心で幸せになれる」と言っているが、それらしい人を見たことがあるだろうか?
ないはずである。
学会員を名乗る人は一様に白髪頭で疲れ果てた顔つきをしており、いつ見ても不機嫌そうな雰囲気が漂っている。
これが「信心で幸せになった姿」だろうか?
人間革命したといえるのか?
偽本尊に生命を吸い取られ続けて弱っているというのが正しい認識である。
FF風にいうと、毎日ドレインとアスピルを食らって瀕死状態なのだ。
学会の指導に「生涯青年」というものがあるが、これでは創価学会ならぬ老化学会である。
今の学会は宗教の名を借りた老人ホームなのだ。
★終わりに
学会は破滅寸前の状態と化している。
そんなところに所属していることに意味はない。
謗法の塊・池田大作の手から逃れ、不幸の根を断ち切ることが肝要といえよう。
一刻も早く、日蓮正宗に帰伏し、正しい御本尊に祈れる日を勝ち取らねばならない。
池田に付き合って無間地獄に行くことはないのだ。
自分の幸福と世界の平和のために大御本尊を信受し、大石寺に参詣すべきである。